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ロイヤルロード銀座

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新ユーラシア大陸横断バスの旅へようこそ!! 2017年8月20日発 ユーラシア大陸横断 41日間 コース詳細 今後のツアー予定
過去のツアーレポート

現地レポート

日程1日目 2016年1月13日(水)
成田→メキシコシティ→グアテマラシティ

2016年の最初のツアーは、中米・メキシコ縦断19日間。参加者は7名。内6名はユーラシア大陸横断の参加者。初参加の1名は、ユーラシアに参加された方の奥さま。19日間を掛けて、グアテマラ、ベリーズ、メキシコを回って行きます。

真冬日 東京は、今年初めての真冬日。朝は霜が下りて、一面が真っ白になっていました。冬がやって来た印象の東京を後に、日中は20度を越える中米へ。 エアロメヒコにて出発 成田→メキシコシティは、12時間25分の直行便。メキシコシティで乗り換え、更にグアテマラシティまで2時間。長時間のフライトですが乗継手続きの煩雑さがないのは救いです。
グアテマラ上空 夕焼けにグアテマラの山がシルエットで浮かび上がっていました。グアテマラも日本同様火山国で、先週もフエゴ山が爆発して溶岩流を吹き出したというニュースにちょっと心配しました。 枕 ホテル着19:05。成田空港を出発してからグアテマラシティのホテルに着くまで、約19時間。それでも日付変更線を越えるので、同日着となります。 部屋に入ると、大きなダブルベッドに枕が7つ。頭は7つもなく、ひとりでは枕投げもできず、枕に埋もれて眠ることにしました。
全線添乗員:二村 忍

日程2日目 2016年1月14日(木)
グアテマラシティ→チチカステナンゴ→アンティグア

グアテマラシティから標高2,000mのチチカステナンゴへ。先住民が集う木曜市を散策。帰路は途中で三つの火山に囲まれたカルデラ湖アティトラン湖を眺め、古都アンティグアを目指しました。道中は春の装い。赤、紫、黄色の花が目を楽しませてくれました。

チキンバス アメリカのスクールバスの中古車が、塗装を変え、グアテマラの市民の足となっています。昔、鶏を積み込む地元民が多く利用していたためチキンバスと呼ばれるようになったそうです。 華やかな土産物屋 道中の花だけでなく民族衣装も色鮮やかなグアテマラ。当然お土産物も華やかな彩りとなります。景色の色が、民族の色彩感覚に大きな影響を与えるのでしょう。
ヘチマ 市場で見かけたヘチマたわし売り。ヘチマは熱帯アジア原産。日本へは中国経由で、江戸時代初期に渡来しました。グアテマラにはどのように伝わったのでしょうか? 民族衣装 民族衣装のウィピル(巻頭衣)とコルラ(スカート)に身を包んだ先住民。かつては各村によって織物の刺繍や色使いが異なり、どこの村出身かすぐに見分けがつきましたが現在では流行や好みが優先。一目で見分けるのは難しくなったそうです。
同窓会? ユーラシア大陸横断に参加したお客様同士話が盛り上がります。左から2013年秋のツアーにご参加の小川さんと内藤さん、2000年春のツアーにご参加の藤井さん。 変身 お祭り用の衣装を製作・販売・貸し出しをするお店にて、金森さんが変身。リオのカーニバルにも参加出来そうです。
お墓 民族衣装同様に、色鮮やかなお墓が並んでいました。下見と称してお墓の見学。 ジャガランダ グアテマラの春を告げるジャガランダ。通常は2月に開花する花も1月中旬に満開。グアテマラも異常気象のようです。残念ながらアティトラン湖は、さざ波が立って暗黒色。周囲を飾る火山も雲に隠れて見えなかったため、写真は省略しました。
全線添乗員:二村 忍

日程3日目 2016年1月15日(金)
アンティグア

標高が1,500mの高地のため、朝晩は冷え込みましたが日中は24度。照りつける日ざしは暑く、半袖で十分な気候となりました。
午前中は市内観光。午後は自由行動の予定を変更してコーヒー農園へ。グアテマラと言えばコーヒー。日程にコーヒー農園を入れていなかったため、新たに観光を加えました。臨機応変も旅の醍醐味です!

アグア火山 姿形が富士山によく似ているアンティグアのシンボル、アグア山。標高は10mほど富士山より低く、3,766m。最後の噴火は1541年と、現在は小康状態。 フェゴ火山(標高3,763m) フェゴはスペイン語で「火」を意味します。その名の通り活火山で、噴火を繰り返し、10日ほど前にも大噴火がありました。しかし火山灰を降らすタイプの噴火ではなく、溶岩流を流すだけの噴火のため、住民に被害を及ぼすことはないようです。
カテドラル 1543年〜1773年までグアテマラの首都だったアンティグア。往時の繁栄の様子を偲ぶことができるカテドラルの廃墟。現在は一部だけ修復されて、教会として使用されています。 コーヒー農園 ちょうど今は、コーヒーの実(赤い実)の収穫の季節。家族総出で収穫をしていました。手摘みの収穫は手間の掛かる仕事。農園のオーナーはヨーロッパ系。労働者は先住民。ここにも格差社会があります。
全線添乗員:二村 忍

日程4日目 2016年1月16日(土)
アンティグア→プルラ

首都グアテマラシティの博物館を見学してプルラへ。太平洋と大西洋を繋ぐ、アトランティク街道を走ります。台湾を承認する国が多い中米では、道路の建設、補修の多くが台湾の援助と言うから納得!エル・ランチョからは、再び高度を上げて、鮮やかな色彩を持つ美しい鳥・ケツァールの住む森へと向かいました。

グアテマラ国立考古学民族博物館 グアテマラのマヤの歴史を知るには、必ず訪れたい博物館。現地では見られない発掘品などが多数展示されています。しかしグアテマラ人は、あまり自国の歴史に興味がないとの事。確かに中は空いていました。 昼食 肉が中心のグアテマラ料理。本日のメインは肉の盛り合わせ。スープかサラダから始まり、メイン、デザート、そしてコーヒーか紅茶のコースに、パンかトルティーヤ(すりつぶしたトウモロコシから作る薄焼きパン)が付きます。肉は固いのが難点です。
菊川さん 今回のガイド菊川さん。知識豊富、懇切丁寧と素晴らしいガイドでした。現在68歳(1947年生)。グアテマラに移住して来たのは13年前、そしてガイドの資格を取ったのは59歳の時。パワフルな彼女の人生に、全員敬服。 酒盛り ケツァールと言えばコスタリカ。しかし中米全域に生息し、グアテマラでは国鳥・通貨の単位にもなっています。そこでグアテマラでケツァールウォッチング。部屋の脇に立つ、リトルアボカド(ケツァールが実を好む)の木に2・3日前、ケツァールが現れたというので待つこと1時間。いつの間にかケツァールはどうでもよくなり、酒盛りに。結局ケツァールは現れませんでした。
全線添乗員:二村 忍

日程5日目 2016年1月17日(日)
プルラ→フローレス

高地グアテマラから低地グアテマラへ。ゴムの木、サトウキビ、バナナ、サボテンと景色が一変します。途中、キリギア遺跡を見学。いよいよマヤ遺跡の始まりです。マヤの歴史は紀元前2000年まで遡り、神殿の建設が始まったのは紀元前1000年。よくアステカやインカと比較されますが、古さが違います。そして文明と呼ぶには不可欠な文字(マヤ文字)を持っていました。もっとマヤ文明は、評価されてもいいのではないでしょうか。

ケツァールの剥製 今年はケツァールの好きなリトルアボカドの実が不作の年。リトルアボガドの木に集まってくるケツァールを見る予定だったのですが、残念ながら本物のケツァールを目にすることはできませんでした。 キリギア マヤの歴史を知る上で、重要な石碑が並びます。石碑に彫られたマヤ文字。現在では80%が解読され、マヤの歴史が徐々に明らかになってきました。
ステラ(石碑) マヤ暦は紀元前3,114年8月11日を起源とし、約5,000年周期で創造と破壊が繰り返されます。その循環年に当たったのが2012年。マヤ暦には、“2012年に世界が終わる”と書かれているとして当時話題になりましたが、マヤの石碑には書かれていませんでした。 バナナ売り 道路沿いにはバナナのプランテーションが連なり、バナナ売りの露店も、ところどころに並びます。面白いものがあれば、バスを停めるのがこのツアーの常識。バナナ一房(約200円)を買い入れ、おじさんの記念写真。「笑って、笑って」と言ったのですが、これがおじさんの精一杯の笑顔でした。
全線添乗員:二村 忍

日程6日目 2016年1月18日(日)
フローレス

本日は、前半のハイライト・ティカル遺跡の見学でした。マヤ最大級の規模と神殿を持つティカル遺跡。足に不安を抱える方もいましたが、見学順を工夫したので、全員が4号神殿を登り、約10kmのコースを歩ききる事ができました。抜けるような青い空と、壮大な遺跡群。全員(ガイドも私も含め)で感動し、大満足の1日となりました。

セイバの木


マヤの人々にとって、聖なる木、世界観を表現する木でもあります。“カポック”、“パンヤ”とも呼ばれ、巨木になると高さ60m、直径6mにも達します。
1号神殿(高さ47m) マヤの王は、古い神殿の上に新しい神殿を建設しました。そのため神殿は、何層もの構造になっていて、考古学の発掘は困難を極めます。
*ビルの1階の高さは平均3m 約16階建てに相当します
2号神殿(高さ38m) 2号神殿に登れば、1号神殿、グランプラザ、北アクロポリス等が一望に見渡せます。発見当初は、すべて密林に覆われていました。
グランプラザ グランプラザには祭壇が築かれ、現在でも北アクロポリスに向かって、お祈りをするマヤ人が絶えません。10世紀にマヤ文明は滅び、16世紀スペイン人によってマヤ文字等の文化も根絶されたと言われますが、決してすべてのマヤ文化が消滅したわけではありません。 4号神殿(高さ64m)からの眺め 全員が4号神殿に登り、密林に埋もれた1・2・3号神殿等を眺めました。人気映画のワンシーンにこの4号神殿からの景色が登場しています。しばし時を忘れ、絶景に浸りました。



見学では、こんなジャングル地帯を歩き回ります。ティカルは複合遺産。文化遺産と自然遺産の両方の価値を認められています。このジャングルも世界遺産です。
ジャングルを行く
急な階段 ティカルでは4号神殿を含め、数カ所の神殿を登る事が可能です。日本なら登はん禁止、手摺りもない急勾配の階段。身を持ってマヤ文明を感じたく、恐怖におののきながら登りました。 5号神殿(高さ58m) ティカルで2番目に高い5号神殿。現在では登る事が禁止されています。禁止されなくても、登りたくない傾斜の階段でした。
全線添乗員:二村 忍

日程7日目 2016年1月19日(火)
グアテマラ*フローレス→ベリーズ*サン・イグナシオ

グアテマラの旅を終えベリーズへ。ベリーズ?と思われる方も多いでしょう。1981年に英国領から独立した、中南米で最も新しい国。四国よりやや大きい国土に、わずか36万人の人が暮らしています。元英国領のため、中南米で唯一公用語が英語になっています。最近ではブルーホールが世界の絶景ベスト10に数えられ、知名度も上がってきました。

ベリーズとの国境 国境通過はあっという間。荷物もポーターが運んでくれます。中央アジアの国境越えを経験してきたお客さんたちにとっては、拍子抜けするほど簡単な手続きです。 カハルペッチ遺跡 グアテマラとベリーズの国境付近にも数多くのマヤの遺跡が点在しています。しかし、マヤ文明には中央主権の国家は存在せず、それぞれが独立した都市国家でした。
渡し船 シュナントニッチ遺跡に行くには、手動の渡し船に乗ってマカル川を渡ります。この川を利用した交易で栄えた歴史が残っています。 エルカスティージョ 午前中訪れたカハルペッチ遺跡から、わずか8kmの距離にあるシュナントニッチ遺跡。二つの街が共存共栄を図り、それぞれに発展。ここシュナントニッチでは、高さ40mのエルカスティージョと呼ばれる神殿が建設されました。当時、いかにマヤが豊かだったのか想像出来ます。
全線添乗員:二村 忍

日程8日目 2016年1月20日(水)
サン・イグナシオ→ベリーズ・シティ

今日は1日マヤ遺跡観光はお休み。毎日マヤ遺跡観光でしたので、今日はベリーズの自然に触れてリフレッシュ。午前はベリーズ動物園の見学、午後はマナティ・ウォッチングとサンセットクルーズ。しかし天気は雨模様・・・。

トゥーカン ジャガー、トゥーカン、ホエザル、バク等が自然に近い形で、飼育されているベリーズ動物園。国鳥のトゥーカン(オオハシ)は、見栄えと愛嬌で一番人気でした。 昼食 ナンのような薄いパンにすりつぶした豆をぬり、チキン、野菜を挟んで食べる、ベリーズ風サンドイッチ。グアテマラではトウモロコシのパンでしたが、日本人には小麦の方が口に合います。ちなみに夜は、ベリーズ名物ロブスターでした。
ベリーズの港 ヨットのようですが、レジャーボートではなく漁船です。沖に出ると漁師は、船に積まれた小舟で漁をします。 マナティ・ウォッチング転じて酒盛り 「マナティ・ウォッチングと言っても、見えるのは鼻だけですよ」と最初からインフォメーションしていたのですが、鼻さえはっきり確認できませんでした。そのうえ雨が降り始め、サンセットも見えず。結局船上での酒盛りに。それはそれで盛り上がりました。
ステッカーを持っているのが、ベリーズのガイド丸ちゃんです。
全線添乗員:二村 忍

日程9日目 2016年1月21日(木)
ベリーズ・シティ

バスで1時間、さらにボートで1時間遡った所にラマナイ遺跡はあります。大型クルーズ船がベリーズに寄港しているので、大勢の観光客が訪れていました。それでも一般観光地に比べたら、かわいいものです。

当時のアメリカ大陸には馬や牛も生息せず、マヤ文明には鉄も車輪も存在しない中で、これだけの壮大な石の神殿が築かれました。マヤ文明恐るべし。

仮面の宮殿 ラマナイ遺跡は、紀元前1500年から始まり西暦1700年まで存続し、約3200年の歴史を刻みました。英国の侵入後も残っていた数少ない都市で、マヤ人のガイドもその点を熱弁していました。 ボートでラマナイ遺跡へ ニュー川をモーターボートで遡り、バードウォッチングをしながら、ラマナイ遺跡へ。蓮の花が咲き、時折鳥も姿を見せ、往復の移動も十分楽しませてくれました。
野生のトゥーカン 木の上にとまっていた野生のトゥーカン。ラマナイ遺跡は、人里離れた場所にあるため豊かな森が残っています。ホエザルの「ゴォーゴォー」と言う、低音の声が響き渡る中での観光。当時ジャングルはなく、周囲には耕作地や住居が広がっていましたが、現在では当時の風景を想像するのは困難です。 クモザル ボートのすぐ近くまでやって来たクモザル。餌付けされているので、人を恐れません。バナナをあげると、皮はしっかり吐き出していました。
全線添乗員:二村 忍

日程10日目 2016年1月22日(金)
ベリーズ*ベリーズ・シティ→メキシコ*チカンナ

朝はベリーズ観光のハイライト、ブルーホールの遊覧飛行。午後はメキシコへ。ちょっとベリーズでのんびりしたために、ホテル到着は19:30となってしまいました。しかしブルーホールを眺め、久々においしい日本食を頂いたので、全員納得の一日となりました。

ブルーホール 今売り出し中のブルーホール。セスナ機で往復の遊覧飛行。少し雲が掛かり、絶景のブルーホールとはなりませんでしたが、昨日の雨を考えれば上出来でした。 ベリーズ・シティの信号 ベリーズ・シティ市内には三つの信号しかなく、二つは現在修理中、残りのひとつも土日は停止。今日は金曜日とあって、ちゃんと点灯していました。クレオール(アフロ・ヨーロピアン)の子供たちが、元気に信号を渡って行きました。「あれっ?バスに乗っている我々が青信号と言う事は・・・」
ベリーズで活躍する日本人 ベリーズに滞在する日本人は30人程度。ベリーズ唯一の日本人経営の旅行会社BPRPの社長ソリス・麻子さん(日本のテレビ番組でも紹介されました)、日本料理店(2015年オープン)の店長タカさんと息子さん。みんな世界の秘境で頑張っています。 滞在時間10時間半のホテル ホテル到着19:30、翌日ホテル出発06:00。トータルで、チカンナ・エコ・ビレッジ滞在時間10時間半。思いがけずに設備が整ったホテル(熱いお湯が出た)だったので、滞在時間が短かったのは悔やまれます。でも満天の星が綺麗でした。
全線添乗員:二村 忍

日程11日目 2016年1月23日(土)
チカンナ→ウシュマル

ユカタン半島の辺境の地にあるカラクムル遺跡。ここを訪れる意味は?メキシコガイドの千葉さんが講談調に面白おかしく語ってくれました。

古典期、数あるマヤ都市の中で二大勢力を誇ったティカルとカラクムル。雌雄を決する戦いは2度行われ、679年の第1回の戦いはカラクムルの勝利。695年の第2回の戦いは、第1回目に敗者となったティカル王の息子が16年にも及ぶ臥薪嘗胆の末に、カラクムルを打ち破りました。物語を聞き、ティカルとカラクムルの両方を訪れた意味が理解して頂けたようです。

しかし朝6時にホテルを出発、夕方19時半にホテル着と、計13時間半の観光と移動。ユーラシア大陸横断の旅を経験していないと、少しきつい1日だったかも知れません。

森林に聳える神殿 ティカルと同様、複合遺産に指定されているカラクムル遺跡。人里離れた遺跡は、自然も豊か。ため池にワニ、森には何と世界最大の太陽蝶(モルフォチョウ)も、青い光沢の羽を輝かせながら飛んでいました。 元気に登頂 約40mの神殿。毎日、マヤの遺跡を観光することがリハビリとなり、全員が出発前より、元気になってきているとの感想でした。
神殿に登れば360度の見晴らし オフシーズンの今、訪れる人の数はわずか。観光客の数が少ないと言う事を聞いて、優越感を感じるのが我々のグループ。広大なカラクムル遺跡を我々だけで、独占する事ができました。 ジャングルに続く道 交通の便は悪くても、道はちゃんと舗装されているので、時間さえ掛ければ、訪れるのにさほどの苦労はありません。それにバスは52人乗りのボルボ。快適でした。
全線添乗員:二村 忍

日程12日目 2016年1月24日(日)
ウシュマル→メリダ

観光地として整備されたウシュマル遺跡。ゲートがあり、おみやげ品店、喫茶店なども揃っています。多くの観光客を覚悟したのですが、早朝観光のため、今までと同様、静かにゆっくり観光する事ができました。午後はメリダへ。市内観光後は、いつものようにスーパーへ立ち寄り、お酒類のお買い物。

雨の神チャック 乾燥地帯のユカタン低地では、常に水不足への恐怖があったため、雨の神チャックに祈りを捧げました。 パンフレットに偽りなし 青い空に聳える魔法使いのピラミッド。パンフレット通りの写真が撮れました。看板に偽りなし。
魔法使いの神殿 チチェン・イツァーの神殿では、春分・秋分の日、北の階段にククルカン(羽毛の蛇)の羽が現れます。ここ魔法使いの神殿でも、偶然、階段が影を作りました。ククルカンの降臨? 総督の館 総督の館、男根、チャックモールと続くラインの先には、金星が昇ると言います。マヤの建造物は、綿密な計算の元に立てられています。
全線添乗員:二村 忍

日程13日目 2016年1月25日(月)
メリダ

メリダに2泊して、クサマのセノーテへの往復観光。セノーテとは、ユカタン半島の低地で見られる陥没穴。地下水が溜まり、天然の井戸となっています。その数は5,000とも言われ、マヤの時代には貴重な水源となり、神聖な場所としても崇められていました。世界の絶景にも数えられ、現在注目の観光地です。その中でも、ツアー客はほとんど訪れない、クサマのセノーテ4ヶ所を訪れました。

馬が引くトロッコ かつてエネケン(サイザル麻)栽培が行われていた大農園。当時から残るトロッコでセノーテへ。 セノーテ 光加減が今ひとつ。それでもこれだけの青さを見せてくれました。
セノーテで水泳 セノーテでは泳ぐことも可能。ガイドの千葉さん、下村さん、金森さんが、絶景での水泳に挑みました。深さは30mもあります。 水中写真 カメラを半分に水につけて、水中と水上の写真を撮ってみると、また不思議な光景が収まりました。
全線添乗員:二村 忍

日程14日目 2016年1月26日(火)
メリダ→カンクン

メリダからチェチェン・イツァー経由でカンクンへ。グアテマラシティからのバス旅も今日で終了となりました。走った距離は約2,500km。無事にカンクンに到着しました。

チチェン・イツァーは人また人 ガイド・千葉さんの言葉通り、チェチェン・イツァーはテーマパーク状態でした。クルーズ船からも、カンクンからも日帰り出来る絶好の距離。少ない日で5千人、平均7千〜8千人の観光客が押し寄せます。 エルカスティージョ マヤの遺跡で、最も有名な神殿エルカスティージョ。春分・秋分の日には、ククルカンの降臨を見るために数万人の人が見物にやって来ます。マヤの神殿では珍しく、四面に階段が築かれています。
見ざる聞かざる言わざる こんなおみやげ品が売られていました。今、人気のおみやげ品だそうです。もちろんマヤの文化ではなく、アジアの文化です。 イクキル・セノーテ 脱衣場、シャワーも整備されています。
全線添乗員:二村 忍

日程15日目 2016年1月27日(水)
カンクン→メキシコシティ

午前中はホテルで自由行動。午後からメキシコシティへ。初日にメキシコシティ経由でグアテマラシティに向かってから2週間。グルッと一周回ってきたことになります。あっという間の旅でした。

カンクンのビーチ カンクンのビーチにプライベートビーチはなく、ホテルが連なっていても、そこに垣根はありません。 「カンクンの海の色は裏切らない」 「カンクンの海の色は裏切らない」とのガイド・千葉さんの言葉通り、荒れ模様で赤旗の揚がる海でしたが、最後には真っ青な色を見せてくれました。
プールはCMや映画の舞台 ホテルのプールはCMや映画の舞台として使われました。宿泊に全て込みの「インクルーシブ・プラン」なので、ホテル内では食事も飲み物もすべて無料です。 夕暮れのメキシコシティ 飛行機は2時間遅れで出発。上空から見た標高約2,300m、人口約900万人の街、メキシコシティ。到着は、ちょうど夕暮れの時となりました。
全線添乗員:二村 忍

日程16日目 2016年1月28日(木)
メキシコシティ

終日、郊外のテオティワカン遺跡と市内の国立人類学博物館の観光へ。

テオティワカンは、紀元前5世紀から8世紀まで繁栄し、最大時は20万の人口を擁した都市。マヤ文明やアステカ文明に影響を与えたテオティワカン文明。しかし現在でも誰が建設したのか、なぜ滅亡したのかはわかっていません。

国立人類学博物館は、世界でも有数の規模を誇り、メキシコの古代文明の歴史を知ることができます。遺跡では見られない発掘品、現場では保存が難しい巨石、像、石碑などが所狭しと並べられています。旅の総復習の意味で、最後を飾るに最適の観光となりました。

メキシコ郊外 元不法住居地区。現在では所有権が認められ、住所も確定されています。昨年政府がペンキを無料配布。景観を一掃するために、カラフルな色を塗るようにとの指示を出した結果、カラフルで派手な街が出来上がりました。 太陽のピラミッド 写真をよく見ると、太陽のピラミッドと後ろの山の稜線が重なります。テオティワカンの人々は、天体や暦を駆使しただけではなく、こんな所にも気を配ってピラミッドを建設しました。
パカル王ヒスイの仮面 パレンケ遺跡の碑文の神殿から発見されたパカル王の仮面。この発見によって、マヤの一部の神殿は、エジプトのピラミッドと同様に王墓であることがわかりました。 メキシコ人は床掃除が好き ガイドの千葉さんが、メキシコ人の特徴を教えてくれました。床掃除大好き、猫舌、男性は髪をポマードやジェルで固めるなど。確かに言われてみれば、ホテルでも博物館でも、いつも床掃除をしている人を見かけました。
全線添乗員:二村 忍

日程17日目 2016年1月29日(水)
メキシコシティ→成田

午前は自由行動。大半の方が部屋でゆっくりし、帰国の準備をされていた模様。旅の余韻を感じる事もできるため、帰国日は午前中のんびりという日程がベストです。

午後は世界遺産のメキシコ市内観光。夕食後に空港へ。夜00:35のアエロメヒコ58便で成田へと向かいました。

ガイドの千葉さんとリベラの壁画 メキシコ壁画の三代巨匠リベラ、オロスコ、シケイロスの作品を見に、国立劇場(ベジャス・アルデス宮殿)へ。岡本太郎氏はメキシコに滞在し、シケイロスの影響を受けました。渋谷の壁画はメキシコで描いた作品だそうです。そんな話しを熱弁するメキシコ在住20年のガイド・千葉さん。 カテドラル 熱心なカトリック教徒が多いメキシコ。その中心となるのがソカロ広場の北に位置するメトロポリタン・カテドラル。支倉常長率いる慶長遣欧使節団も、欧州訪問の途中でメキシコに滞在し、このカテドラルも訪れています。
テンプル・マヨール(中央神殿跡) かつてアステカ帝国の都テノチティトランの首都だったメキシコシティ。スペインがメキシコを植民地化すると、アステカの神殿や宮殿等をすべて破壊し、メキシコ統治の中心としました。地下にはアステカの都の跡が残ります。 褐色の聖母 聖母(マリア)の出現譚を持つ奇蹟の教会。出現した聖母は、メキシコの守護神「聖母グアダルーペ」となり、図像が祀られています。動く歩道に乗って、聖母の図像に祈りを捧げる事が可能です。
全線添乗員:二村 忍

日程18・19日目 2016年1月30・31日(土・日)
成田

1月21日付けで施行された米国におけるビザ免除プログラムの改訂に伴い、2011年3月以降にイラン・イラク・スーダン・シリアの4か国に入国歴のある方は、ESTAでの米国入国ができなくなりました。数名の方がユーラシア大陸横断の参加者でイランに入国歴があったため、米国経由のフライトでしたら米国査証が必要になるところでした。しかし今回は直行便だったので、問題なく帰国する事ができました。

5日(金)に、旅の総集編を掲載します。

アエロメヒコ58便 予定時間より8分遅れの6時28分に到着。昨日の同便は、10時間遅れだったとの事。1日違いの今日は、ほぼ定刻通りに到着しました。 無事到着 14時間45分の長時間フライトにも関わらず、全員元気に帰国。このまま、次の旅行に出られそうな雰囲気でした。
小河さん出迎え 早朝にもかかわらず、JTBロイヤルロード銀座の小河さんがお出迎え。皆様「楽しかった」の声を掛けて下さったので、小河さんも一安心でした。
全線添乗員:二村 忍

総集編 2016年2月5日(金)

「中米・メキシコ縦断」古代遺跡と大自然を訪ねて19日間バスの旅。 サブタイトル通り、メソアメリカ文明(マヤ、テオティワカン等)の古代遺跡を堪能し、大自然(火山、密林、カリブ海等)を満喫することができたようです。
それは天気に恵まれたおかげでもあります。青い空、青い海、青いブルーホールにセノーテ。動画で見ると、またひと味違います。

お客さんの感想を集めてみました。
Ⅰ.「女性は、日本を飛び出して海外で活躍しているよ」
旅を作るのはツアー参加者で、添乗員とガイドはその補助にしか過ぎません。その点、今回のメンバーのチームワークはばっちりでした。ユーラシア大陸横断バスツアーに参加歴があり、更に皆さまお酒好き。盛り上がらない訳はありません。
私たちを補助してくれたのが、グアテマラの明子さん、ベリーズの丸ちゃん、メキシコの千葉ちゃんという最強ガイド。三者三様のガイディングを見せてくれました。今、日本では「女性活躍促進」が叫ばれています。でも「才能ある女性は、日本を飛び出して海外で活躍しているよ」とは、皆さんの感想でした。
グアテマラの明子さん(60代)
彼女が歩くと至る所から「akiko」と声が掛かりました。
ベリーズの丸ちゃん(30代)
安定した団体職員生活を捨てベリーズに来て2年。ベリーズの魅力を紹介すべく奮闘中。
メキシコの千葉ちゃん(40代) 滞在歴20年。彼女の語りで、新たなマヤやメキシコ像を築くことができました。
Ⅱ.「旅はリハビリ」
参加者の中には、足、腰が痛いなど、どこかに不安を抱えている方が多いのも事実。しかし出発前の不安は旅の途中で解消され、帰国時には「体調が良くなった」との声もありました。
長期旅行のため日程に余裕があり、参加者の人数も少ないので、体調の悪い方に併せて観光出来るのもひとつの理由でしょう。それ以上に、ふだん出不精の方も周りにつられて歩いてしまう、好奇心を満たすためには歩かざるを得ない、などの心理的な面が大きく作用しているに違いありません。
最も不安視していたグアテマラのティカル遺跡。高さ64m(21階建てのビルに相当)の4号神殿を含めた4個所の神殿に上り、約10kmも歩く事が出来たのですから、まさに「旅はリハビリ」です。
登るより降りる方がきつい 階段を登らないとこんな景色は見られない
Ⅲ.「こんなところに観光客」
今回の旅行中に出会った他のツアーは1組だけで、個人で旅している人も数人でした。乾季のベストシーズンにも関わらず、日本人観光客も外人観光客も少なかったのは、正月明けと2・3月の観光シーズン前の端境期だったこと、そして有名観光地以外の隠れたスポットも訪れたことが大きかったようです。1日20人程度の観光客しか訪れないメキシコのカラクムル遺跡、馬車トロッコでしか訪問できないセノーテは、特に、忘れがたい観光地となりました。グアテマラのケツァールとベリーズのマナティ...結果的には見る事は出来ませんでしたが、それも良い思い出として印象には残ったようです。

森の中から聞こえてくるホエザルの鳴き声(動画)

マヤの遺跡は元のジャングルに戻り、野生動物の住処となっています。
全線添乗員:二村 忍
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